| 緩和ケア病棟医長の「横山 晶子先生」が、2001年9月に視察研修に行きましたので、その内容をご紹介します。 |
| 2001年9月4日〜14日の予定で、上智大学教授 アルフォンス・デーケン先生とご一緒に、視察研修に行ってまいりました。ワシントンDC・ニューヨークの、12施設のホスピス・緩和ケア病棟の研修が予定されておりました。 日本国内でも種々のタイプのホスピス・緩和ケア病棟がありますように、北米東海岸でも各施設がハード・ソフト共に特徴をもっておりました。しかし共通していたのは、地域のニーズと施設者のホスピスケアに対する理念・理想が合致して、ホスピス・緩和ケア病棟が成り立っている事でした。 各施設それぞれ学ぶ事は多かったのですが、死生観・宗教観・ボランティア精神・寄付などに対する姿勢は、国民性の違いがありますので、北米でのホスピス・緩和ケア病棟をそのまま真似しても無理であろうと思われました。しかし、私共は、日本人の優しさ・奥ゆかしさなどの感性に合ったホスピス・ケアを提供し、向上に努めていきたいと思っています。 今回、施設研修を通じまして、私が再認識した事があります。それは、ホスピス・緩和ケアはチーム医療でしか提供できないという事であり、その主たる提供者は看護婦さんであるという事でした。 現在、私は緩和ケア病棟医長という役職で、日々患者様のケアに努めておりますが、ホスピス・緩和ケアを提供する主たる役職は看護婦さんである事を考慮しますと、自分の担うべき仕事の最たる事は、看護婦さんが自分の能力を最大限発揮できる様にコーディネートする事だと再認識致しました。今後、看護婦さんが自分の能力を発揮できる為に、もっとレベルアップする為に、私自身も勉強を続けて看護婦さんに伝えていきたいと思います。 どうか、私共スタッフ一同を温かい目で、そして期待して見守っていただきたいと思います。 |
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| 8日目の9月11日の午前、私共はセント・ビンセント・ホスピタルに研修予定でしたが、世界貿易センターテロ事件に遭遇し、この日以降の視察研修は全てキャンセルとなってしまいました。セント・ビンセント・ホスピタルは現場から一番近い救急指定病院で、被害者が運ばれる前から救急部の医師、看護婦、パストラル・ケア担当の牧師の方々が待機しておられました。 テロ事件の当日・翌日は、市民全体が動揺しており、私共の宿泊していたホテルでも2回ほど爆弾騒ぎがあり、私共も29階から非常階段で下ったりと不安な時を過ごしました。3日目より、悲しみが街中に溢れ、行方不明者の写真が至る所に張られ、ろうそくや花が飾られておりました。各教会では、ミサが行なわれ、公園でもレクイエムが流れておりました。私共もホテルの一室で、デーケン先生のもと、お祈りを捧げました。 4日目・5日目より「アメリカは負けない」と国家主義が湧いてきて、TVでも国家が流れ、街中もタクシーが国旗をつけて走っていました。この街を包む空気が変わっている中、戦争が起こるのではないかという不安を、私共はぬぐいきれませんでした。 マンハッタン閉鎖や空港閉鎖がやっと解除され、帰国できたのは、4日遅れの18日となりました。 一人一人の生命・人生を深く考え、寄り添っていく立場にありながら、一瞬にして多くの罪のない方々の生命が奪われた今回の事件に遭遇し、自分の非力と自分の仕事の意味を考え、悲しく空しさを覚えました。 |
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| 今回の視察研修は、私にとって多くの感動を与えてくれました。 この研修の企画・主催、また、留守中、多大なご迷惑とご心配をおかけ致しました関係者の方々、この場をお借りして御礼を申し上げます。 |
| 2001年 冬 医療法人 倫生会 三 州 病 院 緩和ケア病棟医長 横山 晶子 |
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